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2017/05/06

インド旅行記 一人旅 03 マドゥライ/ カーニャクマリ

インド旅行記の続きです。
(この記事は6頁編成です。この頁は3/6頁目です)

※激長です。




DAY28 /Madurai (3/16)

ハンピからバンガロール経由でマドゥライ到着。




旅ムックTRANSITを読んでからずっと気になっていた
念願のミーナークシ寺院へ行くため。

サイケデリックなゴープラムや天井画を楽しみにしていた。

本日は寺院内に入れないらしいので
寺院の周りをぐるりと歩き回った。

うちの店の屋上にあがると寺院の全体が見れるから来なよ、といった
荒手の客引きに5秒に一回は話しかけらた。





南に来て、ぐっと気温があがった気がした。

カラっとしていたので蒸し暑くはなかったけど
薄い熱線ベールを身体に貼り付けているようだった。

水分と糖分を過剰摂取しないとやってられなかった。









南は北と違い、屋上に誘う商人を除いては、誰も話しかけてこない。

観光客を珍しがる好奇の目も感じない。

写真も撮っていても皆んなスルーだし
色んな意味で丁度よく、居心地が良かった。







同じ宿に泊まっている1人旅のカナダ人女性に
ディナーに誘われたので二つ返事でOKした。

シャワーを浴びてくるから30分後にロビーでとなり、

ロビーはWi-Fiが通じたので、
待っている間に翻訳サイトを開き
カナダの予備知識と食事の会話で
使えそうなネタをスマホのメモに
コピペしまくった。

カナダ人女性はシャワーを浴びてきた感丸出しで
濡れた髪にバスタオルを首にかけて降りてきて
そのまま足を止めずに「Let's Go」と外へ出た。

彼女は、ライトアップされた寺院や
夜のマドゥライが一望できる雰囲気の好い
屋上レストランへ連れて行ってくれた。


そのムーディーなロケーションもお構いなしに
彼女は、「マッシュルーム」の事を「マッスルーム」と発音した店員を
本気で注意し、発音が直るまで僕等の目の前で繰り返し発声練習させていた。


自分の放つアクセントは大丈夫なのか?
と気になりだしたけど、
女性が言った「アリ・クリシュナ」を
「アリゲーター」と聞き間違え、
it's very dangerous.」と返して、

「は?何が危険なの?」となったりして
グダグダだった。

そもそもアリクリシュナとは一体何なのか。
正確に聞き取れていない。



最終的には、いっぱいいっぱいが表情に出てたのか

「私といて大丈夫?もしかして食事に誘って迷惑だった?」
と、問われる始末だった。



DAY29 /MaduraiKanyakumari (3/17)

無事にミーナークシ寺院内に潜入できたけれど、
写真厳禁で体しか入れなかった。

天井画の極彩色の蓮の曼荼羅に見惚れ、
上ばかり見ていた。

寺院の中心部にはヒンドゥー教徒しか
入れないという予備知識があったので
寺院の外周をぐるりと見て回った。




回廊内にある有料のミュージアムも行ったけど
個人的にあんまりだった。


ひととおり外回廊をぐるりと歩き終えたので
少し休憩しようと座っていたら
テンションの高いインド人の集団に
「中に入らないのか?」
と言われて、え?いいの?と思いながらも
訳も分からずその人達に付いて行った。


中心部に入ったら入ったで
外周のウルトラ倍良かった。

というか中に入らないと
本当に勿体無いことになっていた。




どこからともなく聴こえてくる
鐘の音とヒンドゥー教の読経の声が
境内に鳴り響き気持ちよかった。

スピーカーやアンプなどの音響
を使っていないのにも関わらず
なぜこうも不思議なくらい音が
寺院内に充満するのか。




歩く人から滲み出る健康的な信仰心と
神聖な空気と荘厳な静寂。





日本語の間違った使い方だと思うけど
ここミーナークシ寺院には
間違いなく「決定力」があった。




その場所に居た滞在時間と、
その場所の好き度合いは
自分の場合、完全に比例する。







※因みに中心部の更に中心部に
有料の区間有り。もはやどこまでが無料
でどこからが課金で、どこまでが

写真OKなのか全然わからなかった。笑








●DAY30,31 /Kanyakumari (3/18,19)

マドゥライから更に南下して
カーニャクマリに移動。




カーニャクマリはインドで唯一
海から日が昇り、海に日が沈む場所。
そしてそれを一望できる場所。




アラビア海とインド洋とベンガル湾が
3つ交わり合う聖地でもあり
広大なインド最南端の町。





カーニャクマリに着いた次の日の早朝、
オフラインマップアプリ「maps.me」を見ながら
とりあえず海辺を目指して歩いた。

人の流れに着いていくと教会に着いた。
ちょうど聖歌?が流れていて
大人や子供がたくさん朝の礼拝に
集まってきていた。

自分の実家が仏教の宗教家庭なので
教会には専ら縁がなく、

教会に足を踏み入れるのは
躊躇いが生じた。


外国人だからとか、服装が違うからでなく、
信仰の種類の問題で

こいつ匂いが違うな、と思われて
朝一の大事な神聖な場の空気を
自分一人の存在が乱さないか
邪魔にならないか心配だった。


ミャンマーのシュエダゴンパゴダとか
マドゥライのミーナークシ寺院とかに
巡礼にくる人達のカラーが
キラキラした透明な黄金色なら
教会にくる人達のカラーは
濁りのない透明な白色に感じた。










教会を出て海辺に着いた。

朝日を観に、ぞろぞろと人が集まってくる。


















なんでもない一日の朝。


毎日必ず訪れる「朝」だけど、
みんな特別な想いをもって
一日の始まりを大事に迎えている気がする




教会からの聖歌が海辺に大きく響いている。


海に入り波に濡れて
キャピキャピ騒いでいる子達も
無垢でかわいいけれど

朝焼けに染まる遠くの海を
じっと黙って見つめている
大人達の方が何となく好きだ。









カーニャクマリは夜もまた、素敵だった。

教会の礼拝やサンセット観賞を終えて
海辺からの帰路につく人々の後ろ姿が
妙に風情があり、また見惚れた。




夏祭りの後に金魚やヨーヨーを
ぶら下げてダラダラ帰っていく感じ。


温泉に入って各々の宿に戻っていく
浴衣と下駄のカランコロンの感じ。

そんな侘び寂びを感じた。













みんな純粋で素敵な町。


自分が知らないだけで自分の地元の須磨海岸でも毎日こんな感じなのだろうか。


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旅行記04に続きます。